生活の知恵があつまる情報サイト

nanapi

Icon learn語学・学習

  1.  
  2.  
  3.  
  4.  
  5.  
  6. <古文>の『大鏡』の世界読解のポイント

<古文>の『大鏡』の世界読解のポイント

2012年12月14日更新

 views

お気に入り

はじめに

鏡は当時の呪術的な装飾でしたので、副葬品にも日常品にも使われていたようです。

大鏡の名前の由来に、きっと関係あるのでしょうね。歴史をうつすという鏡ものと謂われる歴史書の一つですが、もっとも有名で史実どおりにリアルタイムにおくれることなく書かれ、成立し、保存された稀な書物といえるでしょう。

作者について

作者不詳

「二の舞の翁の物語」という自身のお噺めいた付章内容より、

  • 女性の実の名を書かない
  • 呼ばない位
  • 個人的に扱うことが無いのが当時の特徴ながら、道長には善くしてくれた姉に思い入れがある

そんな詮子に詳しく書ける立場にいる、いずれかの源氏の公卿といわれるのが通例です。

成立年代は道長最盛期の西暦1025年頃からまもなくです。任官の人名とその年号の正確さに定評があり、当時の有職故実に詳しいことがうかがえます。

おおまかな内容

文徳天皇から後一条天皇の万寿2年(1025年)

(大化の改新で活躍の後、中臣氏が藤原の姓を賜って改姓)藤原鎌足ー藤原不比等(史から改名。史書にさわる仕事であった)ー藤原房前ー藤原真楯ー藤原内麻呂ー藤原冬嗣ー良房(初の外戚出身の摂政)の兄長良ー藤原基経ー藤原忠平ー藤原師輔ー藤原兼家―藤原道長

藤原北家の礎を築いたといわれる藤原房前の三代後が、文徳天皇の祖父で上流貴族の藤原冬嗣です。

大鏡では兄弟貴族が追い落としあい、娘姫を妃にして男の子を生ませて、数多いる男子の中から天皇位に押し上げて外戚となり、任官してもらって金を稼ぐ、という繰り返しで繁栄してきた系譜が代々描写されているのです。

氏長者(ほとんど必ず摂関家)が代替わりごとに、天皇を替えて、新たな繁栄を築いたため、まだ実権の持てない幼児の場合は摂政となるのが摂関家のいわれでした。

四人を妃にし、一人を早世で失ったものの、残る三人のきれいな娘の三后と同時立后をはかって、「この世をばわが世ともおもふ望月の欠けたることも無し…」と思わず詠んだという氏長者藤原道長と、当時の若い後一条天皇までの代を描写してあります。

  • 雲林院の菩提講…聞き語りの書きとめをするという前置き部分
  • 花山院の出家…道長の大事な次兄道兼の大活躍する章立て
  • 弓争い…得意の弓の腕で伊周を制した道長
学ぶポイント:姉・詮子から道長への溺愛、中庸な道長の性格

文体

紀伝体

正統な歴史書の書き方の一つで、ストーリー重視の傾向のある定型なのです。支配者の記録『本紀』、官僚の『列伝』とつづいていくのが普通なのです。

  • 人物列伝は藤原氏ばかりです
  • 作者からの二重敬語が多い特徴があり、藤原道長に対してもよく用いられています。
  • 一族内部の勝者側を追うお話がメインでサクセスストーリーばかりが主軸ということですから、ストレートなストーリータッチで、気軽に読んでも楽しめるような物語風に作られています。

読解のポイント

藤原道長が道隆とその子伊周、道兼という二人目の兄を制して、朱器台盤を受け継ぐ氏長者となり繁栄をつかむのに、女院で姉の詮子の助けがどんなに大きかったかを描いています。

まとめ

藤原北家の人々が自分の子を天皇位につけるために、必死で競い合っていたさまがよくわかるお話ですよ。

(photo by 足成)

この記事で使われている画像一覧

  • 20121214153451 50cac88b49729

本記事は、2012年12月14日時点の情報です。記事内容の実施は、ご自身の責任のもと安全性・有用性を考慮してご利用いただくようお願い致します。

編集部ピックアップ

期間限定のPRコンテンツをチェック!

もっと見る