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追悼・田中好子さん キャンディーズからアカデミー女優へ

2011年04月22日作成

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目次

はじめに

2011年4月21日、元キャンディーズで女優の田中好子さんが乳がんのため亡くなりました。55歳でした。

20代は人気アイドル・キャンディーズの一員として歌謡界のトップに立ち、引退してからは女優業で大きく開花し、近年は優しいお母さん役でテレビの中に常にいる方でした。

ここでは、キャンディーズをご存じない方のために、田中好子さんの活躍した歴史を振り返ってみたいと思います。

アイドル時代の「スーちゃん」

田中好子さんといえば、やはりあの温かな笑顔でしょう。その優しい印象はアイドルグループにいた時から現在まで変わる事がありませんでした。

キャンディーズ以前

田中好子さんは1969年、13歳で芸能界入りしました。当時はアイドルが歌うバックには必ずといって良いほどダンスグループが付いており、田中好子さんもそのグループ・スクールメイツに所属していました。

1973年、伊藤蘭さん(水谷豊夫人)、藤村美樹さんと共に「あなたに夢中」で、アイドルトリオ・キャンディーズとしてレコードデビュー。以後、4曲目までキャンディーズのメインヴォーカルとして活躍します。

キャンディーズ全盛期

キャンディーズはデビュー当初はあまりヒットに恵まれませんでしたが、1975年、5枚目のシングル「年下の男の子」が大ヒット。以後はとんとん拍子にスターへの道を駆け抜けていきました。

3人揃った短いヒラヒラの衣装と、馴染みやすい曲、覚えやすい振り付けが若者からお年寄りまで支持され、当時は子供も「スーちゃん派」「ランちゃん派」に分かれて振り付けを真似たものです。

キャンディーズ時代、田中さんは、「好子」の「好(す)」を取って「スーちゃん」と呼ばれていました。伊藤さんと藤村さんは「ランちゃん」「ミキちゃん」と呼ばれ、「ラン、スー、ミキ」の呼び名でお茶の間に浸透していきました。

「お姉さんキャラのランちゃん、明るいスーちゃん、可愛いミキちゃん」と3人の個性が分かれていた事もあり、それぞれのファンが応援団扇を持ってキャンディーズの行く所行く所に押しかける人気でした。

解散

1977年、キャンディーズは人気絶頂の中、突然の解散宣言を発表します。解散宣言の時の発言「ふつうの女の子に戻りたい」は当時の流行語にもなりました。

解散前のシングル「微笑がえし」は、今までのキャンディーズのヒット曲の歌詞を全て織り込んだユニークな歌でした。曲の良さもあって、キャンディーズはこの曲でオリコン1位を獲得しました。

キャンディーズ解散後の活動

解散後も音楽活動は続けましたが、次第に女優業に専念していく事になります。

アカデミー賞主演女優賞

大変出演作の多い女優さんですが、一番の代表作は、やはり1989年日本アカデミー賞最優秀主演女優賞受賞を受賞した「黒い雨」(今村昌平監督)でしょう。

第二次世界大戦の原爆投下によって被爆した主人公の苦しみを描いたこの作品で田中好子さんは主人公を熱演しました。

「家なき子」の母

テレビドラマにも多数出演していますが、1994年に安達祐実さん主演で大ヒットした日本テレビ系連続ドラマ「家なき子」の母親役が転機になったような気がします。

ここから、優しく明るい笑顔を湛えたお母さん役として多くのテレビドラマに出演し、お茶の間のお母さんとして親しまれていきました。

おわりに

人気絶頂のキャンディーズを知っている世代にとっては、今も「スーちゃん」であり続ける田中好子さん。

天国へ召されても、あの明るい笑顔は、いつまでも私たちの中に残り続けます。

ご冥福をお祈りいたします。

(Illustration by KUKO)

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本記事は、2011年04月22日時点の情報です。記事内容の実施は、ご自身の責任のもと安全性・有用性を考慮してご利用いただくようお願い致します。

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