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歴史上の人物から時代背景を見る(鼠小僧は本当に義賊だったのか)

2010年12月13日作成

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目次

はじめに

鼠小僧と言えば、江戸時代に武士の屋敷から金銭を盗み、貧しい庶民に密かに配り歩いた「義賊」として有名な大泥棒です。歌舞伎や落語、小説にまでなり、多くの人に知られていますね。

果たして鼠小僧は庶民を助ける英雄だったのでしょうか。その背景をちょっと見てみましょう。

鼠小僧はお金を配っていなかった

貧乏な人たちの家に盗んだお金を配ったと言われる鼠小僧ですが、実際はそんな事はしていなかったと現在の研究では解っています。

なぜ窃盗をしていたのか

鼠小僧は本名を次郎吉と言います。身が軽いため鳶職人として働いていたのですが、博打と女にうつつを抜かし身を持ち崩したので、25歳の時に実家を勘当されています。

窃盗によって得た金は、この博打に使われていたらしいのです。当時の役人が次郎吉捕縛後に家を捜索した所、金銭は全くのように残っておらず、生活は慎ましやかな物だったと言います。

なぜ貧しい者に金銭を与えたなどと言う噂が立ったのか

貧しい庶民にとって、武家屋敷からだけ大金を盗む鼠小僧はヒーローに見えたのでしょう。当時の人々に夢を与えたのではないでしょうか。処刑の時には多くの人々が憧れを持って見に来たと言われています。

なぜ武家屋敷を狙ったのか

特に正義の心から出た目的では無かったようです。この辺の事情に当時の武家の歴史背景が見えてきます。

  • 武家屋敷は中が広く、塀さえ越えてしまえば見つかりにくかった。
  • 大名の家では奥と表が分かれており、奥は女だらけで警備が手薄だった。
  • 当時、大名は謀反を起こさぬように幕府から監視されており、余計な警護の人数を置く事が出来なかった。
  • 武家は誇りと気位が高く、泥棒に入られた事を公言する者が少なかった。

実際、参勤交代でキュウキュウだった武家よりも大きい商家の方がよほど金持ちだった事でしょうが、こちらは警護をたくさん付けているので狙えなかったわけです。

鼠小僧の墓

鼠小僧次郎吉の墓は、都内の両国・回向院と言うお寺にあります。いつの間にか、墓石を削って持っていると大金を掴めると言う伝説が出来、墓石はボロボロの状態です。

そんな不謹慎な事・・・と思われるかも知れませんが、回向院の方も墓石を削る由来をニコニコ説明して下さったりして、削ることはお寺も公認されているので大丈夫です。

近年では「狭き門をするりと抜ける」と言う謂れから、受験生のお守りにもなっているそうです。筆者も削ってみましたがとても固くて大変なので、行かれる方は何か固い物を持って行く事をお薦めします。

回向院:東京都墨田区両国 2-8-10
JR両国駅、地下鉄大江戸線両国駅 徒歩5分

おわりに

鼠小僧が「義賊」では無かったと言うのは寂しい話ではありますが、絶対に貧しい人たちに金銭を配っていなかった、と言う証拠もないので真実は藪の中です。

そういう夢が少しは残っているのも歴史の面白いところですよね。

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本記事は、2010年12月13日時点の情報です。記事内容の実施は、ご自身の責任のもと安全性・有用性を考慮してご利用いただくようお願い致します。

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