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実はよく知らない人のための3分でわかる「池田屋事件」

2015年01月29日作成

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新選組の名を世に轟かせた幕末の大事件、「池田屋事件」。名前は知っていても、実際何が起きたのかはよくわからない……という方のために、ここでは「池田屋事件」の概要を簡単にご紹介します。

「池田屋事件」の登場人物

新選組

江戸の道場「試衛館」の師範代であった近藤勇や、門弟の土方歳三、沖田総司といったメンバーが中心となって、京都で「将軍護衛」のために結成したのが新選組です。

将軍=徳川幕府を守る立場、「佐幕派」となった新選組。同じく佐幕派である会津藩の預かりとなり、京都で怪しい人物を取り締まったり、幕府を倒そうとする勢力との戦争に出陣したりと、活動していました。

副長である土方歳三が作った隊則「局中法度」は、厳しすぎる規則として有名です。脱走したら切腹、遊びすぎても切腹、勝手な喧嘩で負けたら切腹。この鉄の掟のもとで鍛えられた新選組は、圧倒的な強さを誇りました。

倒幕派の志士

幕末になると、徳川幕府を倒して新しい日本を作ろうとする「倒幕派」が現れました。長州藩や薩摩藩といった藩のもとで育った志士が、幕府を倒すために様々な活動を展開します。

有名な倒幕派の志士といえば、薩摩藩の西郷隆盛や大久保利通、長州藩の木戸孝允(桂小五郎)、高杉晋作などが挙げられます。2015年大河ドラマ「花燃ゆ」の主人公・杉文の兄は、長州藩の革命家・吉田松陰ですが、木戸孝允、高杉晋作も吉田松陰の教えを受けていました。

「池田屋事件」

事件の原因

過激派の倒幕志士が、なんと「風が強い日に京都に火をつけて燃やしてしまおう」という恐ろしい計画を立てました。新選組はこの計画を阻止するために、倒幕派の会合場所を探していました。

なお、この倒幕派志士の計画については、新選組によるでっち上げであったという説もあります。

事件当日

1864年7月8日、旅館「池田屋」へ新選組の10名が斬り込み、倒幕派志士を次々に斬り倒しました。

池田屋に向かった新選組の隊士は、局長である近藤勇が率いるチーム。土方チームよりは人数が少ないものの、一番隊隊長・沖田総司や二番隊隊長・永倉新八など、そうそうたるメンバーが属するチームでした。

池田屋はもちろん、池田屋から脱出した志士と追いかける新選組で、京都の街のいたるところで激戦が繰り広げられました。会合をしていた20数名の倒幕派志士も奮戦しましたが、その多くが死亡しました。

一晩で多くの血が流れたことから、京都を戦慄させた池田屋事件。新選組の強さや恐ろしさが初めて世にしっかり轟いた事件と言えるでしょう。

事件による影響

このとき池田屋にいたのは、長州藩の吉田稔麿をはじめとした、有力な倒幕志士でした。その多くが命を落としたため、「明治維新は池田屋事件が原因で遅れた」と言われています。

吉田稔麿も吉田松陰の愛弟子です。

一方で、この池田屋事件に刺激されて倒幕の動きが活発になったこともあり、「明治維新は池田屋事件が原因で早まった」という意見も。

どちらにしろ、幕末から明治にかけて、大きな影響を与えた事件であったことは間違いありません。

(image by Wikipedia)

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本記事は、2015年01月29日時点の情報です。記事内容の実施は、ご自身の責任のもと安全性・有用性を考慮してご利用いただくようお願い致します。

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