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史上最年少の17歳!2014年ノーベル平和賞を獲ったマララ・ユサフザイの功績とは?

2014年10月14日作成

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化学・文学などいろいろなジャンルで話題になるノーベル賞ですが、今年は特に平和賞を受賞したマララ・ユサフザイさんに興味を持ったという声が多く聞かれます。

「史上最年少の17歳での受賞」というだけでも十分話題性がありますが、どうしてここまでマララさんが注目されるのでしょうか?

ここでは彼女のプロフィールや功績に迫ってみたいと思います!

目次

マララ・ユサフザイさんのプロフィール

1997年7月12日、パキスタン生まれ。人権運動家。フェミニスト。

マララさんは女子学校の経営をする父親の影響を受けて育ち、医者を目指して勉学に励んでいました。

ところが2007年に武装勢力タリバンが、マララさん一家が住むスワート渓谷の行政を掌握して恐怖政治を開始し、特に女性に対して教育を受ける権利を奪ったり、命を狙ったりするようになりました。

マララさんは2009年、11歳のときに、恐怖におびえながら生きる人々の惨状についてペンネームで訴え、タリバンによる女子校の破壊活動を批判。女性への教育の必要性や平和を訴える活動を続けることで、欧米から注目されるようになりました。

そして同年にタリバンがパキスタン軍の大規模な軍事作戦によってスワート渓谷から追放された後、パキスタン政府は彼女の本名を公表し、「勇気ある少女」として表彰しました。パキスタン政府主催の講演会にも出席して女性の権利などについて語り、この行動がきっかけとなりタリバンから命を狙われる存在となってしまいます。

タリバンはこの後すぐに「マララさんを殺害する」という声明を発表しています。

2012年10月9日にはイスラム過激派の銃撃を受け生死をさまよいましたが、彼女はこれに屈しませんでした。2013年7月12日の国際連合本部での演説では「銃弾では自身の行動は止められない」として教育の重要性を訴えました。

受賞歴

シモーヌ・ド・ボーボワール賞 2013年1月9日 女性の自由を得るために活動した人に与えられる賞
サハロフ賞 2013年10月10日 人権と思想の自由を守るために献身的な活動をしてきた個人や団体をたたえる賞
ノーベル平和賞 2014年10月10日 平和の促進に最も貢献した人物や団体に与えられる賞
参考:Wikipedia

命を落としかねなかった襲撃事件

2012年10月9日、マララさんは通っていた中学校から帰宅するためスクールバスに乗っていたところを、複数の男に銃撃されました。頭部と首に計2発の銃弾を受け、まさに瀕死という状態でした。

その後パキスタンの病院で治療を受け、10月15日にはさらなる治療と安全確保のため、イギリス・バーミンガムの病院へ移送されました。そして2013年1月3日に約2ヶ月半ぶりに退院し、2月2日に再手術を受けました。

襲撃の理由はマララさんが「親欧米派だったから」で、実際に彼女はオバマ米大統領を理想のリーダーとし、欧米の文化を推進していました。

男尊女卑の雰囲気の中で、人々の、特に女性の自由を訴えて先進国の文化を取り入れて国を変えようとしているマララさんは、過激派にとって批判の対象となったようです。

マララさんを襲撃したのはタリバンから分離した過激派ジャマトゥル・アハラールに属する人物らだと言われていますが、真相は明らかになっていません。

彼女の何が評価されたのか?

マララさんがノーベル平和賞を受賞した理由は、

「テロに屈せず、人権や思想の自由を訴え続けた勇気を持ち続けた。」
「自由のために戦う全ての人達に勇気を与えた。」

ということです。

マララさんははタリバンの支配下にあったとき、「声を上げても上げなくても殺されるのなら、声を上げよう!」と固く決意し、活動を始めました。

そして現代では誰もが当たり前に持ちうるはずの自由な活動・言論・学びの権利を信じて訴え続け、銃弾にも屈しませんでした。

その一方で彼女はアメリカのパキスタンに対する軍事干渉には批判的で、2013年10月にアメリカのオバマ大統領と面会した際には、無人機を使ったアメリカのテロ掃討作戦をやめるよう求めました。

マララさんは平和的に全ての問題を解決できる方法を模索していたのです。信念をもって活動を進めてきた彼女だからこそ、今回のノーベル平和賞受賞に至ったのではないでしょうか。

受賞後の反応

マララさんはノーベル賞受賞を謙虚に受け止め、「この賞は終わりではなく、始まりに過ぎない」と言っています。

パキスタン国内では喜びと批判の両方の声が上がっていて、保守的な人達の中には「西洋の指示に従った結果にすぎない」「茶番だ」という意見もあります。

批判の理由は「イスラムに敬意を払っていない」というのが表立ったものですが、実際はいまだに多くの人が過激派の襲撃を恐れているのです。長年味わってきた恐怖は、簡単に拭えるものではありません。

マララさんは意欲的に行動し続けている

「Hour of Code」

マララさんはノーベル賞の受賞後すぐに、YouTubeを通じてあらゆる国の若い女性と少女たちに「Hour of Code」という名目で1時間のコーディングを薦めています。

コーディングとはプログラミング言語を用いて、コンピュータが処理可能な形式のプログラム(ソースコード)を記すことを言います。

Hour of Codeはあらゆる年齢の女性たちを歴史的に男性が支配してきたITの分野に呼び入れるものであり、女性がITに興味を持つきっかけを作るのが狙いです。「2014年中に1万人のコンピュータ・サイエンス教員を養成し、1億人の生徒に1時間のプログラミングを行わせる。」という大きな目標が掲げられています。

この活動は、Microsoftのビル・ゲイツやFacebookのマーク・ザッカーバーグも参加したことで、世界的に普及し始めています。

今後の活動に注目!

平和な国に住んでいると、よほど世界情勢に詳しくないかぎりは、世界でどのような問題が起きているのか知りにくいものです。「女性が虐げられている地域があるらしい。かわいそう……」とは認識していても、実際にどのようなことが起こっているのかはいまいちピンとこないのではないでしょうか。

しかし今回のマララさんの受賞によって、世界にはこんなに苦しみ悲しみながらも声を上げている人がいることが、広く知られるようになりました。今後もマララさんの動向に注目していきましょう!

(image by amanaimages)

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本記事は、2014年10月14日時点の情報です。記事内容の実施は、ご自身の責任のもと安全性・有用性を考慮してご利用いただくようお願い致します。

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