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髪で醤油が作れる?すぐにでも自慢したくなる「髪」に関するおもしろトリビア8選

2016年11月21日更新

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老若男女、誰にとっても身近な存在の「髪の毛」ですが、まだあまり人に知られていない事実がたくさんあります。

この記事では「へ~!」と驚いてしまうものから「ふむふむ」と勉強になるものまで、誰かに自慢したくなる髪に関するトリビアをご紹介します!

髪に関するおもしろトリビア8選!

トリビアその1:世界最長の髪は6.8m!

2014年9月初旬現在、ギネスブックに登録されている髪の最長記録は6.8mです。その髪を持つ人物はなんと男性で、ベトナム人のトラン・バン・ヘイさんです。その髪の重さはなんと10.5kg!何もしなくても肩が凝ってしまいそうですね…。

トラン・バン・ヘイさんは2010年に79歳でなくなってしまいましたが、いまだこの記録は破られていません。

トリビアその2:黒色人種のカーリーな髪質にはちゃんと理由がある

黄色人種や白色人種にもくせ毛の人はいますが、黒色人種のように強くカールがかかって縮れている人は少ないですよね。実は黒色人種の髪質には理由があるのです。

黒色人種の人たちは、その多くがアフリカ大陸などの赤道近くの国で生活しています。赤道近くは気温はさほど上がらないのですが、とにかく日差しの強さがとんでもないのです。

その強い日差しから頭部を守るために、髪が縮れて不規則に地肌を覆い、露出を少なくしているのです。神様がその土地にあった体に作ってくれたということかもしれませんね。

トリビアその3:まげの歴史

日本では、平安時代くらいまでは貴族だけでなく庶民にも、日常的にかぶりものをする習慣がありました。しかし鎌倉時代に入り、戦が頻繁に行われるようになると、質素な身なりが推奨され、多くの男性が兜をかぶったときに頭頂部が蒸れにくく前髪が目に入りにくい髪型にするようになりました。

その髪型とは「月代(さかやき)」のことで、頭頂部を剃った髪型のことを言います。最初は月代は戦のときだけに用いられていたのですが、戦乱の世が長く続いたために日常的なヘアスタイルとして定着していきました。

頭頂部を剃っているとどうしても髷(まげ)部分が後ろに傾いてしまいます。そこで髷を太くして強度を増し、質実剛健のシンボルとすることが流行りました。

そして、江戸時代に入ると寝かせた髷が流行し、髷はそりあげた頭頂部を飾る役目を担うようになりました。この時代に、現在も歌舞伎や時代劇でよく目にする「文金風」「本多」という髷の形が生まれたのです。

江戸時代末期、つまり幕末になると徐々に髷はすたれはじめ、文明開化の「ざんぎり頭」を経て、今のような短髪のヘアスタイルにする人がほとんどになりました。

ちなみにちょんまげの「ちょん」とは貧相という意味で、「ちょんまげ」は、主にお年寄りが少ない髪で結った髷のことだけを指します。

トリビアその4:理髪師はお医者さんでもあった!

18世紀頃のヨーロッパの理髪師は「なんでも屋」のような存在でした。

その仕事内容は、髪を切ってヒゲを整える以外にも

  • 傷や骨折の手当てをする
  • 眼病を手術して治す
  • 悪い血を抜き取る手術をする
  • 虫歯を抜く

などの外科・歯科、また最先端の情報が交換される社交場としても機能していました。

オペラ「セルビアの理髪師」のモデルとなった理髪師・フィガロが活躍した19世紀初頭には医術的な役割はなくなり、主に理髪とかつらの販売が主な業務になりました。

その中でもやり手の理髪師たちは浴場や遊技場・喫茶店のようなものを経営し、市民の情報センターとしての役割を果たしていました。

トリビアその5:かつらはステータスだった!

18世紀のイギリスでは帽子代わりにかつらが愛用され、5歳以上の男性はかつらを被っていました。

街のコーヒーハウスやパブにはかつら掛けが用意され、お店に入って「やあ、元気かい?」と挨拶をするのと同時にかつらをとり、壁にかつらをかけリラックスして過ごしました。

当時の男性は身支度に2時間もかけるほど外見を飾ることに夢中で、美しいかつらを被ることは立派なステータスでした。そのためかつらの装飾はどんどんエスカレートし、風刺画が描かれるまでになりました。

コーヒーハウスやパブ以外でかつらを取るのは良くないとされていたのですが、「肖像画を描いてもらうとき」と「決闘するとき」はかつらを外すことが認められていました。真剣勝負するときにかつらが気になったら嫌ですものね……。

トリビアその6:平安時代はシャンプーは年に1度だけ!

日本の平安時代には、髪を洗うのは年に1度で、七夕の日と決められていました。

しかし髪を洗うと言っても当時は石鹸などはないので泡立つはずもなく、米のとぎ汁や植物を煮出して作った汁で髪をすすぎ、ていねいにクシで梳くだけというものでした。

貴族の女性は髪が長かったので、お付きの侍女が数人がかりで、1日かけて行うような立派なイベントだったそうです。

そして時代が変わるとともに髪を洗う回数が増え、江戸時代に入ると月に1度になったのですが、それでも現在と比べるとかなり不衛生ですよね。

トリビアその7:平安女性のあまりにも長い髪はウソ!

百人一首や絵巻などをみると小野小町や清少納言の髪は枠からはみ出してしまうほど豊かで長いですよね。ですが、人間の髪は前述のギネス記録のとおり最長でも7m弱しか伸びず、しかもそれほど伸びる人はごくごく稀です。

ただ平安時代には現在のエクステンションのようなつけ毛が流行していましたので、みなさんがよく目にする長い髪の絵は「つけ毛をつけている」か「脚色している」かのどちらかと言えます。

十二単にボリュームがあるので、それに負けないくらいの髪を描こうとしたらあれほど長くなってしまった、というのが実際のところではないでしょうか。

トリビアその8:戦時中は髪の毛で醤油を作っていた!

醤油の原料が大豆ということは皆さんご存知かと思いますが、戦時中の食糧難時代の日本ではなんと!髪で醤油を作っていました。

髪の成分はアミノ酸でお醤油と同じ。そのレシピは「髪を100%の塩酸の中に入れて24時間ほど煮てろ過し、苛性ソーダで中和させたらできあがり」というものだそうで、味はなかなかおいしいそうです。

現在、日本ではJAS法で「醤油には植物性たんぱく質しか使ってはいけない」と定められているので髪を原料にすることはありませんが、食糧難の時代には驚くようなものが用いられていたんですね。

トリビアをみんなに自慢しよう!

髪は誰でも身近なものだけに、トリビアを披露すればかなりいいリアクションが返ってくると思います。

ただし、かつらのトリビアはデリケートな話題なので、人を選んで話すように気をつけてくださいね!

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(image by flickr1 2)
(参考文献:潮出版社 荒俣宏著 「髪の文化史」)

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本記事は、2016年11月21日時点の情報です。記事内容の実施は、ご自身の責任のもと安全性・有用性を考慮してご利用いただくようお願い致します。

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