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意外と知らない?謎が多いお米の歴史まとめ

日本人のソウルフード、お米。毎日食べても飽きない、堂々たる日本の主食ですよね。

しかし身近な存在だからこそ、お米の歴史を意外に知らない人も多いのではないでしょうか。実はお米には、深い歴史があるのです。

ここでは、知られざるお米の歴史についてご紹介します。この記事を読めば、明日からのお米の味がちょっと変わるかもしれませんよ!

本記事は、楽天市場のご協力により、2013年に執筆されたものです。

稲作の起源

稲作は、中国の雲南省の、インドとミャンマーが接している山岳地帯の周辺で始まった、と言われています。画像の赤丸で囲ったあたりの地域です。

しかし、雲南省では4,400年前の稲作の遺跡しか見つからなかったのに対し、最近の調査では江西省や湖南省で1万年以上前の稲の「もみ」が発見されており、本当の起源については謎に包まれています。

稲作はその後、中国全土やアジア、そして今から2,400~2,500年前には日本へと伝わりました。お米は熱帯でも雪国でも育つため、今では世界中で主要穀物として栽培されています。

日本でのお米の役割

お米が経済力を表した江戸時代

江戸時代以前、日本ではお米の生産量によって経済力を表していました。そして江戸時代になると、各藩の力もお米の生産量ではかるようになったのです。「加賀100万石」なんて言葉、なんとなく耳にしたことありますよね。この「100万石」、実はお米の量を表しています。

石高とは?

1石とは、1人の人が1年間で食べるお米の総量を表します。今の重さで言うと、約150kgほどと言われています。

つまり、「加賀100万石」は、「加賀では100万人が1年間食べていける量のお米を作れます」ということを表すということ。当時の日本の人口は、諸説ありますが約1000万~2000万人と言われていますので、100万石というととても力があることがわかりますね。

このように、日本ではお米は大変重要な役割を果たしてきました。

お米を食べよう!お米の記念日やお祭

お米の日

毎月8日はお米の日です。「米」という字を分解すると「八十八」になること、そしてお米を作るのには88の手間がかかるということから、8日に制定されました。

お米の日は、1978(昭和53)年に全国農業協同組合によって制定されました。ちなみに、全国農業協同組合の直営店であるコメコメハウスは、毎月8日、18日、28日をコメの日としています。お米の日やコメの日にはお米にまつわるキャンペーンなどが実施されていることもありますので、チェックしてみてくださいね。

新嘗祭(にいなめさい/しんじょうさい/にいなめのまつり)

毎年11月23日に行われるお祭りで、米の収穫を神に感謝する、いわゆる収穫祭です。この祭りの歴史は古く、日本神話の中で天照大神自身が行っていたと記されています。

一時中断されたものの、元禄時代に再開し、今でも天皇が自ら祭祀を執り行っています。今では「勤労感謝の日」となっている日ですが、明治から昭和にかけては「新嘗祭」の名前で祝日となっていました。この日は、お米の収穫に感謝して、いつも以上にお米を味わって食べてみるのはいかがでしょうか?

おわりに

歴史を知ると、お米の味わいもちょっと変わるかもしれません。謎めいている起源も魅力的ですよね。ぜひ、大昔の稲作にも思いを馳せて、お米を食べてみてくださいね。

(image by amanaimages)
(image by 白地図専門店)

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